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『三四郎』

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夏目漱石の作品の中でも、余裕派と称せられた初期の作品から、これ以降の作品への移行を示す小説であり、『それから』『門』へと続く前期三部作の一つである。この時期は、恋愛を主要テーマとし、ヨーロッパの個人主義思想を踏まえた高次の倫理観と人生観を追究した作品(知的な構想による心理分析を主とした作品)だと一般には評されている。
 
さて、こうした明治時代を舞台にした小説を読んでいると、描かれている学生の知識・教養の深さに驚かされる。舞台が日本の最高学府である帝国大学(現在の東京大学)なので、おそらく当時の知識人が一様に同大学に終結していたのであろうが、例えば三四郎が図書館で手に取ったヘーゲルの本に長々とヘーゲルと日本学生について論じたメモ(以下、一部を引用)が書かれている場面などがある。当時の学生の間ではこうした洒落た学術的態度が一般的であったのかと考えると、私は何とも言われぬ羨ましい気持ちになるのだ。とはいっても、当初から真面目に講義を受ける三四郎と対比して怠惰なその他の友人が描かれているので、やはり何時の時代も世界は「アリの法則」で成り立っており、2割が勉学に励み、6割は普通、2割は怠けているのだろう。実際、ヘーゲルの本に挟まれていたメモにも、
 
ヘーゲルの講義を聞かんとして、四方より伯林に集まれる学生は、この講義を衣装の質に利用栓との野心を以て集まれるにあらず。唯鉄人ヘーゲルなるものありて、・・・・・・向上求道の念に切なるがため、壇下に、わが府音程の疑義を解釈せんと欲したる清浄心の発言に外ならず。このゆえに彼らはヘーゲルを聞いて、彼らの未来を決定し得たり。自己の運命を改造し得たり。のっぺらぼうに講義を聞いて、のっぺらぼうに卒業し去る公ら日本の大学生と同じ事と思うは、天下の己惚れなり。公らはタイプ・ライターにすぎず。しかも欲張ったるタイプ・ライターなり。公らのなすところ、思うところ、言うところ、ついに切実なる社会の活気運に関せず。死に至るまでのっぺらぼうなるかな。死に至るまでのっぺらぼうなるかな。
 
と述べられているように、学問のために学問することが重要であり、単位や卒業のために講義を受け、勉強をするようでは駄目なのだ。そして、いつの時代にも、2割の学ぶために学ぼうとしてきた人が成功しているのではないか。また、学問のための学問などという話にしても、昨日の『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』を書いたときの現実的な私に言わせれば「当然のこと」なのだが、小説というのはそうした「当然のこと」を、作者の技巧によって読み手に深く印象付けて伝えることができるかどうかが重要であるので、漱石が「当然のこと」を伝えようとしても、それは決して「当然のこと」ではなく、作品の中で上手く高次へと昇華されているので全然問題はない。『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』は単に名言リストとしての価値しかないと評したのはそのためである。話が大分逸れた。それにしても、図書館の本をめくると誰が書いたとも分からない啓発的なメモが出てくるような洒落た時代に生きたいものである。
 
本作品は深読みできる内容が多く、非常に啓発的であった。夏目漱石がいかに博学であったかが伺われる。その一つが、17世紀英国の医師サー・トマス・ブラウンが著した「壷葬論 Urn Burial or Hydriotaphia」を引用していた。その一節が下記である。
 
「朽ちざる墓に眠り、伝わる事に生き、知らるる名に残り、しからずば滄桑の変に任せて、後の世に存せんと思う事、昔より人の願いなり。この願いのかなえるとき、人は天国にあり。されども真なる信仰の教法よりみれば、この願いもこの満足も無きがごとくにはかなきものなり。生きるとは、再の我に帰るの意にして、再の我に帰るとは、願いにもあらず、望みにもあらず、気高き信者の見たるあからさまなる事実なれば、聖徒イノセントの墓地に横たわるは、なおエジプトの砂中にうずまるがごとし。常住の我身を観じ喜べば、六尺の狭きもアドリエーナスの大廟と異なる所あらず。成るがままに成るとのみ覚悟せよ」
 
この文章の意味は、端的に言えば現世蔑視である。キリスト教という信仰の前では、現世での有名無名は無意味であり、後世において名が残ることさえも無意味である。来世おいて永遠に生きることこそキリスト教徒の本願であるからである。この引用は『三四郎』の中でも最も長い引用であって、漱石がこの論を重視しているのかと思いきや、そうは思われない。というのも、三四郎を初めとして広田先生までもが「ハイドリオタフヒア」が何のことだか分からないという態度である。三四郎の感想としては、「何処が名文だか能く解ら」ず、「古い御寺を見る様な心持がしただけ」と評している。これは、冒頭の状況の場面で
 
これから東京に行く。大学にはいる。有名な学者に接触する。趣味品性の備わった学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間で喝采する。母がうれしがる。というような未来をだらしなく考えて、大いに元気を回復してみる・・・
 
と三四郎の心持が描かれていることから考えても、これから成り上がってやろうと息巻く三四郎にとっては、信仰によって来世で救われるという考えが、まるで受け入れることのできない古風なものにしか感じられなかったということなのだろう。こうした死生論については、轢死を目撃した場面から一貫した形で書かれているのだろうが、そうした伏線の張り方についても非常に巧みであった。恐らくこうした死生観についての記述は、広田先生の夢の場面まで繋がっているのだろう。しかし、今はそこまで含めた解釈ができない。

ちなみに、私は人間の生きる意味とは、もう一つのブログの記事(人生の意義-2)で書いたように、
「世の中に後世にまで残る影響を与えること」である。したがって、私の考え方は三四郎に近い。もちろん、私達は他者と関係することそれ自体によって、多少なりの影響を他者に与えている。それを踏まえた上で、私にとっては、その影響をより大きくしていくことが、私なりの生きる意義であるというだけである。

色々と考えてみたが初見では解釈が難しい部分も多々あると思われる。非常に奥の深い作品であった。また時期を置いて読み直したい。

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2009-07-05(Sun) 00:45| 日本文学| トラックバック 0| コメント 0

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