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読んだ本を忘れてしまわないためのアウトプットの場。読んだ本の中でも是非皆さんに読んで頂きたい本を【お勧めの本】として紹介しています。本を選ぶ参考にしてみてください。

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『自分で調べる技術―市民のための調査入門』

自分で調べる技術―市民のための調査入門 (岩波アクティブ新書)
自分で調べる技術―市民のための調査入門 (岩波アクティブ新書)
岩波書店 2004-07
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star確かな目を持つための本
starインタビューの成否は十分な準備と気合い
star古典的で時間のかかる調査法 ?!

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自発的に考えることが「積極的自由」を達成するための条件であると以前の記事で述べたが、自発的に考えるための第一歩として挙げられるのが、「自分で調べる」という行為である。塾講師時代、同僚であるドクターの先生が、「私は幼いときに百科事典を買い与えられた。そして、何か疑問に思うことがあれば、人に聞くのではなくて自分で調べるように躾けられたのだ。」と言っていたことを覚えている。事実、彼は理系の分野では非常に優れた方で、とある研究所には歴代の教授と共に写真が飾られてあるそうだ。
 
私達の生活は非常に複雑な要素で構成されている。社会制度一つとってみても、様々な制度が折り重なって、私達の生活を規制し、助けてくれてもいる。また、私達が普段何気なく使う道具の仕組みなど誰も意識したことは無いだろう。こうした生活を構成する諸要素の全てについて、逐一百科辞典を引いて調べることは不可能であるし、する必要もない。私達は、自分の生活に密接に関わることや自分の興味を引かれることといった、手の届く範囲の事柄ついてのみ知っておけばよいのである。逆にいえば、こうした生活の諸要素を利用していく以上、それらを自分自身である程度は把握しておくことが市民としての責任でもあると私は考える。
 
例えば、以前騒がれた年金制度の仕組みが現在どのようになっているのか、あなたは知っているだろうか。日本に移住してきた外国人に参政権を与えるべきか否か、あなたは自分の言葉で答えられるだろうか。後者については身近な問題ではないから仕方ないかもしれないが、前者については日本が国民に皆年金を自負している以上、それを利用している国民の皆がその仕組みを理解し、責任をもって制度を運営していかなければならない。
 
一人の市民として、我々の生活を取り巻く制度をより良いものへと改変していくために、私は「自分で調べる」ことを提案する。そのためのツールを紹介してくれるのが本書である。私達が市民として利用できる調査ツールには、図書館を初めとして、インターネットなど様々なものがある。そうしたツールの利用方法について網羅的に書いてくれている本書は、「自分で調べる」際に大きな助けとなってくれるはずである。今までインターネットでしか調べものをしてこなかった人は、本書を読んで是非更なる情報収集能力を身につけて欲しい。
 
ただし、本書はあくまで市民の調査のために書かれた本であって、研究者の方々のために書かれた本ではない。実際、各専門領域において調査方法は分野ごとに異なるので、結局はその分野の専門家の標準的な考え方を学び、方法を真似るしかない。とはいっても、私が通う人間科学研究科で卒業論文を書く際に配布された、文献検索指南の冊子とほとんど同様の内容が本書においても書かれていた。したがって、本書がいくら市民の調査のために書かれた本であったとしても、紹介されている内容は全くもって十分なものであると私は考えている。

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2009-11-30(Mon) 00:19| 評論| トラックバック 0| コメント 0

『自由からの逃走』

自由からの逃走 (1951年) (現代社会科学叢書〈第1〉)
自由からの逃走 (1951年) (現代社会科学叢書〈第1〉)日高 六郎

創元社 1951
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star逆説的な標題

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資本主義の発展以前、いわゆる中世社会を特徴付けるのは、個人的自由の欠如である。生まれた土地からの移動から服飾、モノの値段に至るまで、全て規則と義務とに人々は縛られていた。その反面、各人は確固とした社会的役割を有し、それによってのみ自分の存在を意識していた。このような没個性の段階における個人と社会との間に存在する関係をフロムは「第一次的絆」と呼ぶ。
 
このような中世の固定化された社会構造が資本主義の浸透によって崩壊した結果、人々は政治的・経済的な束縛からの自由を手に入れることができたが、それは同時にそれまで固定化されていた社会的地位を失うということを意味する。「すべてはみずからの努力にかかっており、伝統的な地位の安定にかかっているのではない(P68)」という状況は、それまで安定感と帰属感とを与えていた「第一次的絆」からの解放を人々にもたらした反面、世界に対してたった一人で立ち向かっていかなければならないという孤独を「個人」に与えることとなった。
 
さらには労働や購買の様式も変化した。それまで職人として親方や企業と具体的な関係で結ばれていた労働者は、大企業の中において多数の従業員の内の一人としてしかみられなくなった。百貨店などにおける顧客は、それまでの個人的な注意を払う対象から、単なる抽象的な買い手としての意味しか持たなくなった。俗に言う、「個人」の無意味化である。このような資本主義の傾向がますます「個人」の孤独を助長していく。
 
こうした孤独から逃れるためには、二つの道しかない。「積極的自由」を手にするか、社会的束縛から勝ち得たその自由を捨て去るかである。後者を選ぶということは、自分の外側にある権力や人、制度によりかかることで個人的自我と社会との間に生じた分裂を消滅させようと試みることである。著者は、第一次世界大戦敗北後の失望に溢れる社会状況の中で、個人の無意味感・無力感を感じていたドイツ民衆が、孤独に耐え切れずにファシズムの基盤を作ったと説明する。こうした例は、もちろんファシズムだけに当てはまるものではない。現代においても、怪しげな新興宗教に熱中してしまう人は多くいる。しかしながら、こうした逃避は決して成功しない。なぜなら、私達が一般に住んでいる社会において、この分裂、ひいては「個人」という概念は、既に確立されているのであって、その前提を無理やり無視して仮初めの「第二次的」な絆を求めたとしても、根本的な問題は解決しないからである。
 
このように考えると、組織に属することが全て自由からの逃走になるのではと思う人もいるだろう。しかしながら、「積極的自由」の下に自ら決断して組織に属するのであれば問題ないのである。「積極的自由」とは、「個人が独立した自我として存在しながら、しかも孤独ではなく、世界や他人や自然と結び合っているような」(P283)状態のことをいう。そして、この自由は「全的統一的なパースナリティの自発的な行為のうちに存する。」(P284)
 
著者の言う「自発的な行為」とは、「自分自身でものを考え、感じ、話すこと」(P288)ということなのだろう。ただ、これは非常に難しい。著者も別のところで述べている。
 
われわれの願望―そして同じくわれわれの思想や感情―が、どこまでわれわれ自身のものではなくて、外部からもたらされたものであるかを知ることには、特殊な困難が伴う。(P279)
 
現代の学校教育でも問題になっていることであるが、私達は社会の規範に沿うような人間になるよう教育を受ける。他人と違うことが悪とされ、「一般的」という鋳型に押し込めた人間を大量生産する学校ばかりが溢れかえった結果、自ら考えるという能力が欠如した人間ばかりが増えてしまった。こうした社会的な強制を幼少の頃から受けてきた私達に、いきなりどこまでが自分の思想で、どこまでが他人の思想かと問われても途方にくれてしまう。著者自身も、両者の区別における困難を克服する術について、具体的に説明してくれているわけでもない。
 
しかしながら、ここで悲観的になっても仕様が無い。何が自分の思想で何が他人の思想か、それは各々自分で考えろということなのだろう。なぜなら、世界に私という意識が一つしかない以上、その答えを知るのは私しかいないのだから。そうして自ら考えることが、私達が生きているということを世界に対して証明するのである。

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2009-11-27(Fri) 19:27| 学術書| トラックバック 0| コメント 0

『サクッとうかる日商2級商業簿記テキスト』

サクッとうかる日商2級商業簿記テキスト
サクッとうかる日商2級商業簿記テキスト
ネットスクール 2009-03
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star初めて2級を勉強する人に
star解説が大変わかりやすいです。資格本;教養本としてもお奨め
star良書です。

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JETROでの仕事は中小企業を相手にする機会が多いため、案件を進めていく上でも担当の企業の財務状況を自分で把握できた方が良い。また、将来的に少人数の事務所に駐在になった際には、事務所を運営していくために必要な経理なども含めた全ての仕事を自分自身が把握できた方が良い。ワインエキスパートは学生時代の思い出として取得したようなものだが、日商簿記2級はこれから働く職場で必要と思われるから取る。今回は社会に出て働く上で本当に必要になる資格である。
 
日商簿記ももちろん独学で受験するので、参考書を自分で選ばなければならない。ネットで情報収集してみると、本書の評判が非常に良かったので購入した。イラストや図が多く用いられており、分からないところはネットスクールに電話で質問できる(私はまだ実際に使ったことはないが)ので、各々の仕分け段階まではすんなりと理解ができる。しかしながら、「なぜ」という点が非常に弱い。
 
簿記には、機械的に仕分けをし、それを集計して財務諸表を作るという一連の流れがある。機械的な作業の手順を習得するという点においては、本書ほど分かりやすいものはないだろう。いわゆる丸暗記の勉強方法であるが、日商簿記2級の段階では恐らく丸暗記でも問題を解くことができる。ただ、私はどうしても「理解」したい。その点で言えば、本書は非常に分かりにくいと感じた。例えば、P278において「なぜ未達取引の整理をした後に、本店の支店の項から差し引き、支店の本店の項に加えるのか。」この疑問に答えるには、本店の支店の項が、本店の支店に対する債権であると理解していなければならない。そうした説明を省いて、いきなり残高試算表を描かれて当然のように未達の処理を行われても、なかなか理解できないだろう。
 
これはほんの一例であるが、他の例にも共通していえることは、手順の分かりやすさにこだわりすぎて、簿記の原理の理解に必要な説明まで省略されてしまっているということである。特に仕分けから財務諸表の作成への繋がりが薄く感じた。したがって、工業簿記を勉強する際は、別の参考書を使ってみようと思う。そちらの参考書との比較はまた後々行うので参考にしてみて欲しい。

また、本書を購入したなら、併せて「サクッとうかる日商2級商業簿記トレーニング 」も購入し、学習進捗度に合わせて練習問題を解くと良い。

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2009-11-22(Sun) 00:33| 自己啓発| トラックバック 0| コメント 0

『プレーンソング』

プレーンソング (中公文庫)
プレーンソング (中公文庫)
中央公論新社 2000-05
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starだらだらした空気
star映画をみてみたい
starいつもの場所に帰ろう

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『プレーンソング』とは、教会などで歌われる単旋律聖歌のことである。それは明確なリズムを持たず、比較的自由なテンポの独唱()であり、独唱であるがゆえに多旋律聖歌に勝る派手さはないが、荘厳さという点では全く負けてはいない。作者がブログで書いている作品発表の経緯の中で、
 
PLAINSONGが『プレーンソング』のすべてを説明するわけでは全然ないけれど、『プレーンソング』の一部分は間違いなく表わしている。
 
と述べているのだが、本作品も平易で淡々とした日常を描いているようで、どこか惹きつけられる作品になっている。非日常を感じさせる物語的な派手さは全くない。敢えてそうした物語性を排除することが作者の目指した小説の形式であると思われる。作中において、映画を撮るために日常的にビデオを持ち歩いているゴンタが言っている。
 

何か、事件があって、そこから考えるのって、変でしょう?だって、殺人なんて普通、起こらないし。そんなこと言うくらいだったら、交通事故にでもあう方が自然だし。 日本のバカな映画監督なんか、人間はそういう事件と背中合わせに生きてる、みたいなこと言うでしょ。でも、そういう人たちの映画みてても、どこが背中合わせなんだろうって。それに、もともと普通の人じゃないしね。出てくるのが。(P207)

 
これは言い得て妙であるが、本小説は、ゴンタが撮ろうとしている「静」の映画を、作者自身が小説として書き上げたものなのだろう。こうした「静」の小説は、派手さはないが、間違いなくリアルなのである。だから人を惹きつけるのだ。私の好きな映画の一つに「before sunrise (邦題「恋人までの距離」)」というアメリカ映画があるのだが、本書の雰囲気はそれに似ている。この映画も、旅の途中に偶然出会った二人がその日一日を一緒に過ごす、ただそれだけの物語である。派手なことは何もない。豪華客船は沈没しないし、意地の悪い継母も恋敵も登場しない。二人がただ喋るだけのシーンが続く。しかし、見終わった後に残る感慨は大きく私の心を揺さぶる。そんな映画だ。
 
このような事件性を完全に排除した単なる日常の描写について、何を伝えたいのか分からない退屈な物語だと思う人がいるかもしれない。しかしながら、きっちりとした起承転結を有する物語があるのと同様に、自己主張しない空気のような物語があってもいいではないか。俗っぽい感動ばかりしていては疲れてしまう。肩の力を抜きたいときもあるだろう。そんなときに本書はお勧めである。

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2009-11-17(Tue) 20:07| 日本文学| トラックバック 0| コメント 0

『国家学のすすめ』

国家学のすすめ (ちくま新書)
国家学のすすめ (ちくま新書)
筑摩書房 2001-09
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おすすめ平均 star
star健全な「国家観」
star「フィクション」=「不要」ではない
star日本人にとって国家とは何かを考えるための指針

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『国家の品格』よりも更に踏み込んだ論理展開によって、現代日本が抱える国家観の欠如の原因を追究し、国家の役割を見つめなおす良書である。
 
ヒト・モノ・カネが国家間を行き来するグローバル化の進展に伴い、国家という存在を意識せずに地球一個の共同体に住む人々という括りで人類を捉えようと主張する世界市民主義や国家相対化論は、国際化による「進歩」の側面を誇張し、国家という枠組みを軽視する。世界は確かにグローバルかしつつあり、将来においてもますます国家間の交流の門戸は下がっていくものと思われる。しかしながら、ある歴史・環境の中で育った人間が、全く異なる歴史・環境の中において普遍的に活躍できる世界が訪れることはまずない。文化という壁がある以上、「ヒトの技能はグローバルではない」(P49)のだから、国家という枠組みを意識することなく、国家間の人的な移動が加速化していくことは不可能である。
 
同時に、国家を「ある事態や問題を前にして、人々が当然の如く互いに期待し、さらには承認しているところの、自分も含めた複数の人々の行動の仕組みのひとつ」と捉える視点も興味深い。端的な例を挙げるとすれば、警察権力が分かりやすい。自分の家に盗人が入れば、家主は警察が事件を解決するという過程を望む。こうした家主(人々)期待と期待に応えるための権力行使への承認を根拠にした制度が集合した総体が国家であり、国家の根拠とは我々の心の中にあるものなのだ。
 
国家がそのような制度の総体であるのであれば、日本という共同体意識はどのように生まれるのだろうか。それは「歴史的記憶」の共有によって生まれる、と著者は主張する。ここにいう「歴史的記憶」とは歴史的事実や昔語りなどの日本人の来歴であると述べられているが、同じ日本人と称する人の中にも同一の歴史観を共有しない人は間違いなくいるので、来歴を共有することが日本人としての条件とするのは無理があるのではないだろうか。そこで私は、自分自身が日本人であるという「自覚」によって、ヒトは日本人になり得るとした方が良いと考える。アリストテレスも「アテナイは城壁その他の土木施設ではない。アテナイとはアテナイ人のことである。」と述べている。自分は日本人であると真に思えることが日本人としての条件ではないだろうか。
 
このような集団的同胞意識を共有する民族が発達して「政治的意思を有し、国家を形成して、その国家の制度を通して様々な課題の達成や問題の解決を図ろうとする状態になったとき、これを国民と称することができる。」(P157)日本は、こうした段階を経て国家を形成してきたが、閉鎖的な地理的条件の中で、他民族との摩擦や対立の機会が絶対的に少なかった。そのため、他民族との主張の対立を解決するための政治的手腕を発揮できる場が限られており、原爆について日本人学生がアメリカ人学生の原爆不可避論に全く対抗できなかったという一例を挙げつつ、著者は日本人の「アイデンティティが脆弱」と主張する。確かに、全く異なる歴史観を持つ他民族との議論の場というものは日本において少ないかもしれないが、これはいささか突飛な論理にも思われる。というのも、先に述べたように同じ日本人の中においても、異なる歴史観を持つ日本人は存在するのであるから、そのような人々との間で間違いなく主張の対立・妥協は図られるのであるし、学生の例についても、アイデンティティが脆弱というより議論の技能が未熟だったと考える方が自然ではないだろうか。事実、その学生は広島の「原爆は悲劇である」という主張を持っているのであり、それはアイデンティティとして十分通用する。
 
しかしながら、日本が国家の対外的な戦略性に欠けるという点については著者の意見に賛成である。原爆の問題について著者はこう述べている。
 
アメリカ側が自らの国家の立場を意識し、これまでのアメリカという国家の歴史と今後の世界戦略を踏まえたうえで、原爆投下の意義を語る用意を備えているのに対し、日本側は、そうではないということである。(P145)
 
アイデンティティや議論の技能云々よりも、日本を世界の中でどのように位置づけていくのかという、日本の国家戦略の芯にあたるものが欠如しているがゆえに、日本外交は遅れていると評されるのだ。世界は平和であると信じたがる日本人と、そうした「平和な」世界に対して「友好」という逃げの姿勢で臨む政府は、やはり島国根性のぬるま湯の中に浸かっていると言われても仕方がない。
 
我々は日本という領土に住む単なる生活者であってはならない。著者が主張するように、「国家のあり方そのものに関心を寄せて思索し、発言し、行動する存在」としての「公民」なる者にならなければならない。そうした個々の主体性が日本国家を真に変革する鍵となるだろう。

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2009-11-09(Mon) 17:47| 評論| トラックバック 0| コメント 0

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