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読んだ本を忘れてしまわないためのアウトプットの場。読んだ本の中でも是非皆さんに読んで頂きたい本を【お勧めの本】として紹介しています。本を選ぶ参考にしてみてください。

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『ワインエキスパート合格まで』

P1020818.jpg

2009年度ワインエキスパート試験になんとか合格できたため、これから同試験を受けるという人のために、私の勉強方法を紹介しようと思う。私が行った勉強方法は、「お金をかけずに独学で」をモットーにしている。したがって、お金をいくらかけてでも受かりたいという方は、ワインスクールに通うことをお勧めする。その方が、より効率的であることは間違いない。
 
<勉強期間と当初の知識>
まず、5月の半ばにJSAに受験票を申し込んだ。申し込み受理から発送まで2週間程度と書いてあったが、実際には3週間(もっとかかった気もする)ほどかかったので、早く試験勉強を始めたい方は、早めの申し込みを薦める。
 
教本が届き、本格的に試験勉強を私が始めたのは6月の半ばくらいだった。元々ホテルでの宴会サービスのアルバイトを通じてワインをサービスする立場にいたが、業務で扱うワインはそれほど本格的なものでもなく、かつ種類も少なかったため、勉強開始段階でのワインについての知識は全くなかったといってよい。ロゼの造り方も知らなかったワイン初心者である。
 
<勉強方法>
資格試験を受ける方で、熱意とは裏腹に何度も試験に落ちてしまうという方は、勉強方法の効率の悪さが問題なのだと思う。効率よく勉強すれば、短期間でも資格の取得は可能だ。実際、私は平日2時間程度を2ヶ月続けることで資格取得に至った。もちろん常に2時間をキープできたわけではなく、1時間の日もあれば、3時間勉強した日もあった。大事なのは、自分の中でスケジュールを組み立てることだ。以下、私のスケジュールを紹介する。
 
(1)6月半ば~終わり:ワインの基礎知識習得期間。教本をざっと読み、さらに一般的なワインの知識を得ることが出来そうな本を読むことで、今まで縁遠かったワインを身近なものにする。ここで私が読んでいた本は、
である。正直なところ、資格取得という点で非常に役立ったのは、①と③くらいだろう。②はほとんどワイン図鑑のような感じなので、資格取得段階ではこれほど詳細な知識は必要ない。④についても、ワインをもっと知った後で読むべき本である。これらの本を読みながら、疑問に思った点はソムリエ教本を参照するなどといった作業を繰り返した。
 
ちなみに、私はこの時期に公衆衛生と飲料概論をじっくり読んでいた。
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2009-10-12(Mon) 14:25| ワイン| トラックバック 0| コメント 1

『国家の品格』

国家の品格 (新潮新書)
国家の品格 (新潮新書)
新潮社 2005-11
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starこれでいいと思う。
star説明内容に論理の一貫性、整合性がない、「玉石混交」の書
star「日本人としての使命」を再確認させてくれた

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アメリカ流の論理敬重主義に疑問を唱え、昔から日本人が重んじてきた「情」や「形」を論理的思考に加えることで初めて人間的な総合判断能力が十全なものとなると説く著者は、「情」や「形」を育んできた武士道精神が現在の日本において失われつつあることを嘆く。そして武士道精神の復興こそ、日本が国家の品格を取り戻すということであり、世界で独自の地位を築いていくために必要なことだと主張する。
 
最近、「日本のために」などと主張する者は全て右寄りの人間だと白い目で見られることが多い。日本人として日本を愛するというのは非常に自然なことであると思うのだが、愛国心=軍国心と捉え、学校で国歌を歌わないことを正当化するような人々が増えてきたのはどうしてなのか。彼らは「自由」の意味を履き違えているように思える。
 
我々が国家に属している以上、完全なる自由というものはあり得ない。私達は、法律を初めとして、道徳的な規則や社会的価値観によってがんじがらめにされているのが現状だ。しかしながら、自由を失う代償として、私達は日本という国家から大きな恩恵を受けているのではないか。社会保障などによる保護はいうまでもなく、企業に対する公的資金の援助など、国家が国民の保護のために行っている政策を数え上げればきりがない。第一、日本国という存在がなければ、私達の住んでいる土地などは他国から侵略され跡形もないだろう。日本という国を当たり前のものとして考えるのではなく、感謝できる対象として少しでも捉えることができれば、自らの自由だけを主張するような身勝手はできないはずである。
 
こうした「感謝できる心」は道徳教育の賜物であると思われる。日本的な道徳教育として「武士道精神」を著者は挙げているが、これは少し誤解を招くものかもしれない。著者のいう武士道精神とは、中世の武士たちの倫理とはまるで正反対の、近代になって捏造された「理想の日本人像」でしかないからだ。本来の武士道とは、戦乱の世の中で培われてきた究極の実力主義と冷徹なリアリズムである。したがって、著者が武士道という言葉を用いる際は、強きをくじき弱きを助ける理想の日本人像のことを意味していると考える必要がある。話が少し逸れてしまったが、要するにこのような日本的道徳観が現代の論理主義に付加されることで、他人の心の痛みが分かる「真のエリート」が生まれるのだ。そして「真のエリート」による国家の統制こそが最も優れた国家体制であると考える著者に私は大いに賛成である。
 
しかしながら、民主主義をやめて独裁体制を敷くというわけにもいかない。確かに、「真のエリート」が自らの構想を現実にするために必要な広い裁量をある程度持てるように、現行制度を改変することも必要になってくるのかもしれない。ただ、より重要なのは、今ある民主主義の中において、民意によって選ばれた政治家が「真のエリート」であるという確率を少しでも上げることである。国歌を歌う、歌わないなどと議論している場合ではない。日本がさらに繁栄し、私達がその繁栄からもたらされる恩恵を享受するためには、日本の全国民が一人ひとり日本人であるという自覚を持って、理想の日本精神を後世に育んでいかなければならないのだ。

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2009-10-10(Sat) 01:29| 評論| トラックバック 0| コメント 0

『少年犯罪―ほんとうに多発化・凶悪化しているのか』

少年犯罪―ほんとうに多発化・凶悪化しているのか (平凡社新書)
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平凡社 2001-03
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一昔前にメディアで叫ばれていた少年犯罪の多発化・凶悪化であるが、メディアの主張というものは基本的に鵜呑みにしてはいけない。言うまでもなく、メディアは自社の広告収入につなげるために、事実をセンセーショナルに誇張して報道する傾向にある。とはいっても、これはメディアだけに当てはまる事実ではなく、この世において他人から得る全ての情報に当てはまりうることだが。したがって、最も重要なことは情報について自ら考え、懐疑的な姿勢を保ち続けることである。
 
本書は、明治から平成にかけての各時代の少年犯罪の特徴とその取締りの歴史を解説した後、時代を経て変化する少年犯罪の変化を検討している。少年犯罪の特徴については、各年代の時代背景を考慮しながら詳細な事例をもって解説してある。しかしながら、少年犯罪の増減の変化に関する考察、つまり、「なぜ昭和26年において第一のピーク、昭和39年において第二のピーク、昭和58年において第三のピークを迎えたのか」という問いに対する答えが非常に手薄な気がした。もっとも、本書は増減の要因を探るものではなく、多発化・凶悪化に焦点を当てたものであるので、敢えて論を広げなかったのかもしれない。
 
著者が挙げる事例は、1997年に起きた神戸の連続児童殺傷事件と比肩するくらいに非常に凶悪な事件が昭和においても発生していたことを物語っている。ここにいう「凶悪」という基準は曖昧であるが、それらの事件は現代において発生すれば間違いなくメディアに仰々しく取り上げられるほどのものだと思われる。その反面で、同年の少年による殺人件数は戦後四番目に少ない数値であった。したがって、今日の少年犯罪は多発化しているわけでもなければ、凶悪化しているわけでもない。全てはメディアによる誇張された情報であるということが分かる。もっと詳しく現在の少年犯罪の動向を知りたい方は、少年犯罪は急増しているか(平成19年度版というサイトを参照してみて欲しい。少年犯罪の推移がグラフを使って分かりやすく解説されている。
 
こうしたデータを読み解くのは非常に複雑な作業である。というのも、そこには様々なファクターが存在し、全てを踏まえた上で分析するということ自体、統計学に関してほとんど素人の私などには不可能に近いからだ。例えば、上記の少年犯罪の総数についても、警察の取り締まりの変化などを考慮に入れると、また違った事実が浮かび上がってくるだろう。よく街角で盗難自転車の取締りをするために立っている警察官が、昭和の時代にも存在していたとは思えない。警察が力を入れる分野が異なれば、犯罪人検挙人数も変わりうるし、刑法がかわることも同様に大きな影響を与えるファクターだろう。
 
ただし、一つだけいえるのは、こうした未知のファクターを考慮したとしても、現代の少年刑法犯総数が1980年代の総数を超えることはほとんど不可能であり、それゆえ現代の少年犯罪は多発化・凶悪化している可能性は非常に低いということができるのである。

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2009-10-08(Thu) 18:32| 評論| トラックバック 0| コメント 0

『死刑執行人サンソン―国王ルイ十六世の首を刎ねた男』

死刑執行人サンソン―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)
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集英社 2003-12
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star息をのむ、迫真の筆致
star我々も決して無関係ではないのかもしれない・・・
starいくつかの逆説

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私の愛読書である『JOJOの奇妙な冒険』のパラレルワールドを描いた『STEEL BALL RUN』の主人公、ジャイロ・ツェペリのモデルとなっているシャルル=アンリ・サンソンの生涯を中心に革命期のフランスについて述べた新書である。
 
当時のフランスの死刑執行人は「世襲制」をとっており、サンソンも代々受け継がれてきた家業として死刑執行に携わっていた。そして、サンソンの世代に死刑制度は大きく変貌を遂げていくこととなる。当時の死刑には罪の重さに応じて種類があり、絞首刑はもちろんのこと、火あぶりや八つ裂きの刑などの残酷な刑罰も存在していた。これらの刑罰を執行した際の詳しい状況説明がサンソンの手記を通じて明らかにされるが、ただの斬首刑にしても執行者の心身的な負担は非常に大きいものであり、その苦労が伺われる。実際、革命期において一人の青年が場当たり的にギロチンの執行を行うことになるが、彼は死刑執行後の髪を掴んで囚人の首を持ち上げる段階で地面に倒れ、そのまま死亡した。
 
こうした残酷な死刑を担う死刑執行人を取り巻く環境は自ずと想像できる。国から与えられた職であるので、公務員と同じく給金に困ることはないが、人々からは忌み嫌われていた。こうした状況に不満を感じていたサンソンであったが、ギロチンが採用されて残虐な刑罰が廃止されるに従い、自然と民衆にも受け入れてもらえるようになった。しかしながら、こうした革命的思想の高まりの結果、フランス革命が起こる。そして、サンソンは敬愛するルイ16世の死刑執行を執り行うことになるのだった。
 
彼は苦悶する。フランスの退廃について責められるべきは王政であり、ルイ16世自身ではない。彼はフランスの改革のために注力していた。しかしながら、議会での投票の結果、387334で死刑が決まる。もっとも、死刑に賛成した387人の内26人は執行猶予を求めており、この26名を死刑反対票に加算するとすれば、賛成361対反対360となり、1票の僅差で処刑が確定したことになる。いずれにせよ、采は投げられた。刑が確定された以上、それを執り行うのは自分の役目である。彼は、ギロチンを落とすその瞬間まで、民衆によって王が救出されることに期待をかけていたそうだ。その願いは叶わなかったが。
 
死刑執行人であるサンソンは、いうまでもなく死刑に対して反対である。その論拠には主観が多分に入り、おおよそ論理的な理由が提示されない。したがって、死刑制度の賛否について学術的に考えたいという方にとっては、本書は全く意味のないものだろう。しかしながら、革命期の歴史的事実について、アンリの手記や多数の具体例を踏まえながらドラマティックに描いてあるので非常に読みやすく、死刑執行人の目から見たフランス革命期という独特の視点が興味深かった。評論というよりは小説のような感覚で読むと良いだろう。

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2009-10-06(Tue) 21:20| 評論| トラックバック 0| コメント 0

『チェンジメーカー』

チェンジメーカー~社会起業家が世の中を変える
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star“社会起業家”を世に知らしめた本としての価値は、今も高い
star生の声
star今一歩、心に届かないのは・・・

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私がこれまで読んだ本の中で最も影響を受けた本である。私は学部生時代に途上国支援におけるNGOの役割について調査しており、卒業論文の草稿を練る段階でこの本を手に取った。当時の私の心中には、政府からの支援に頼らない独立した資金源を自らの手で確保することこそ、NGOが真に「非政府組織」として活動する上で最も重要であるという思いがあった。したがって、日本のほとんどのNGOが直面している資金難を解決するための手段として、NGOの活動の中にビジネスモデルを作り出すことが必要であるという考えに至ったのだった。
 
NGOとビジネスという組み合わせの例は多々ある。例えば、日本国際民間協力会(NICCO)はヨルダンの零細農家を支援し、海外市場にも通用するオリーブオイルを作ることに成功した。また、東京のNGOであるACEは天道虫チョコを販売し、売り上げの50%を途上国支援に、残りの50%を団体の活動資金に当てている。このような社会貢献におけるビジネスの可能性を考えていた私の目には、本書で紹介されている社会企業家という概念が非常に魅力的なものとして映った。なぜなら、一口に支援とビジネスといっても、NGOとってのビジネスは団体の活動資金を集めるためのビジネスであって、それ自体が支援と直接関係のない事業であることが多々あるからだ。上述した天道虫チョコの例がまさしくそうであって、チョコの販売が直接的に途上国の人々に利益をもたらすわけではない。チョコの販売は同団体の支援事業と全く独立しており、販売で得た資金が途上国支援に使われる点で、その実体はほとんど募金活動と変わりない。ボランティアが該当に立つか、モノを販売するかの違いがあるだけである。しかしながら、社会企業においては、資金を稼ぐこと自体が社会貢献となっている点で大きく異なる。
 
例えば、近年、一村一品事業としてJETROも力を入れているフェアトレード事業も、元々はLOVE&SENSEという企業が始めたものである。アフリカの村で作った商品を日本に輸入する際の仲介役として働いているLOVE&SENSEは、貿易というビジネスモデルを通じてアフリカの村々を支援しているのだ。
 
金銭とは間違いなく万国共通の行動動機ではないだろうか。現代においては、何をするにしても金銭は必要である。したがって、途上国支援においても、その過程で金銭的なリターンが見込めるならば、より多くの人を巻き込むことのできる支援事業となり得る。そして、そのような支援事業は、関係する人々に金銭的な黒字をもたらす限り継続的に行われることだろう。途上国支援において最も効果的な支援とは、その土地ごとに持続可能なビジネスを立ち上げる支援をすることであると私は考えている。それを実現できるのが社会企業家であり、私が最終的に目指すところでもあるのだ。私は、社会企業家が本当に世界を変え得ると信じている。

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2009-10-04(Sun) 18:49| 自己啓発| トラックバック 0| コメント 0

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